中村医師の死を考える

国際協力と死のリスク
   アフガニスタンで銃撃された中村医師の奥様と娘さんが遺体と対面した。

 

 

 襲撃犯人はわかっていない。 事件の様子は以下の通り

 

 『【AFP=時事】(更新、写真追加)アフガニスタンで長年支援活動に携わってきた日本人医師、中村哲(Tetsu Nakamura)さんが4日、東部ナンガルハル(Nangarhar)州ジャララバード(Jalalabad)で銃撃され、死亡した。

 

 

 同行していたアフガニスタン人の護衛ら5人も死亡した。

 

 

 アフガニスタン人道支援を行う国際NGO「ペシャワール会(Peshawar Kai)」の代表で、現地事業体ピース・ジャパン・メディカル・サービス(PMS)の総院長を務める中村さんは、ジャララバード市内を車で移動中に何者かに銃撃された。

 

 

 当初は負傷と報じられたが、後に当局が死亡したと発表した。

 

 ナンガルハル州知事報道官のアタウラ・コジヤニ(Attaullah Khogyani)氏は「不幸にも中村医師は、今朝の銃撃で負った傷が原因で死亡した」と述べた。

 

 3人の護衛と運転手、同僚1人も死亡したという。

 

 

 ペシャワール会のウェブサイトによると、中村さんはパキスタン北西部ペシャワール(Peshawar)で1984年に支援活動を開始。1991年には辺境地のナンガルハル州の村に診療所を開設した。

 

 

 さらに1998年、ペシャワール会パキスタンとアフガニスタン両国での活動の恒久的拠点となる病院をペシャワールに開設した。

 

 

 アウズビッラー(Auzubillah)とだけ名乗るジャララバード在住の男性はAFPに対し、午前8時(日本時間午後0時半)ごろに銃声を聞いたと述べ、「日本人と護衛らを銃撃する男たちを見た」と明かした。

 

 

 現場の写真によると、白い軽トラックのサイドウインドーが銃で撃ち抜かれたとみられ、フロントガラスにも少なくとも3発の銃弾の痕があった。

 

 

 これまでのところ犯行声明を出した組織はない。アフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)も、「アフガニスタンの再建に貢献した」組織とは「良い関係」を保っているとして、関与を否定した。

 

 

 ナンガルハル公衆衛生当局のザヒル・アディル(Zahir Adil)報道官によると、中村さんは銃撃された後、現地の病院に搬送されていた。【翻訳編集】 AFPBB News』

 

 

 

 アフガニスタンの復興に長年貢献を続けてきた中村医師が襲撃されて亡くなった。

 

 

 

 農業関連など含め、こんなに長年アフガニスタンの為に尽くしてきた中村さんが、無念の死を遂げた。

 

 

 ニュースを読むと、明らかに中村医師をターゲットにした計画的犯行。 警備員がいても役に立たなかったと言う現実。

 

 

 長年アフガニスタン人の為に尽くし、多くのアフガニスタン人からも尊敬されていた日本人が、理不尽な死を遂げたと言う衝撃は大きい。

 

 

 これって犯行声明が出ていないこともあり、色々な憶測が飛んでいる。 個人的には以前アフガニスタンを支配して現在は反政府勢力となっているタリバンとアメリカとの和平交渉にかかわりがあるのではないかと思う。

 

 

 一見アメリカとアフガニスタンの和平交渉日本人の国際協力と関係なさそうにも思えるが、和平交渉を妨害したい人間には何か行動を起こさなきゃいけないタイミングだったのは確か。

 

 

 テロ組織と見ると一枚岩と考えてしまいがちだが、タリバンをはじめ、イスラム国(IS)などのテロ組織が常に一枚岩であると考えるのは危険である。

 

 

 日本だって、最大勢力であった暴力団の山口組が分裂し、神戸山口組に。更に、その分裂した神戸山口組からも分裂して任侠山口組が生まれた。

 

 

 このような事実をを見ていくと、内部で意見の一致が見られなくなると組織として抑えが利かなくなるのはよくある話だ。

 

 

 いずれにしてもアフガニスタンの和平交渉が進んでは困ると言うグループの仕業ではないかと思う。

 

 

 

 中村医師の活動は「ペシャワール会」によれば20世紀の頃からの話。最近アフガニスタンで始めた活動ではないので、現地人とのトラブルは考えにくいし、実際に多くのアフガニスタン人から哀悼の意をおくられている。

 

 

 

 だからこそ、アフガニスタンにまだ存在するタリバンとアメリカが和平交渉することに嫌悪感をいだくグループが有力候補になるのだ。 もしくは治安悪化をアピールすることで、交渉を有利にしたいという思惑が働いたのかもしれない。

 

 

 ただ、そうだと仮定すると、国際協力の難しさを改めて突き付けられた気がする。

 

 

 自分達の国際協力活動とは無関係な出来事によって、命のリスクがあるということ。

 

 
 中村医師医療活動だけでなく農業に関する貢献も多く、アジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞していた人物。

 

 こんなにも自分の危険を顧みず、危険地域で国際協力を続けてきた貴重な人物を失ったのは、大げさではなく日本、アフガニスタン両国の大きな損失だ。

 

 

 こういう悲劇は二度と繰り返してほしくないね。

 

 

 中村医師のご冥福をお祈りいたします

 

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