沖縄の日系移民史

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  アルゼンチン移民史 

  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110830-00000012-ryu-oki


 『在亜沖縄県人連合会(新垣定二(ていじ)会長)がアルゼンチン沖縄県人移民100年史の編さん作業を進めている。

  2008年に開始したが1世を中心にした聞き取りなど作業が膨大なため、完成時期は決まっていない。アルゼンチンの県系移民1世の70代がほとんどの編さん委員8人の中で、唯一若い世代で中心的役割を果たしているのが名桜大学で南米移民史を学んだ東京出身の丑野(うしの)野隆史さん(27)だ。

  丑野さんはアルゼンチン移民について「ブラジルペルーに比べ団体ではなく、個人渡航の転住が多いのが特徴。ラプラタ川を渡ったりロバでアンデス山脈を越えるなどアルゼンチンの移民の歩みはワイルド。それだけに渡航に関する資料がなかなか残っていない」と話す。


  1908年に初めてアルゼンチンに渡航した県人は2人の名前が挙がっており、どちらも個人渡航者。一番最初が誰か引き続き調査を進めるという。 

  丑野さんの父親は考古学者。ペルーで発掘調査などを行っており、丑野さんは小さいころから南米の文化や歴史に興味を持っていた。

  東京の高校を卒業後、中南米文化コースのある名桜大学に進学。在学中に1年間ブラジルにも留学した。名桜大卒業後、同大を通じて在亜沖縄県人連合会から移民史編さんの協力依頼があり渡航した。 

  3世や4世など若い世代との交流もある丑野さん。「若い世代は日本語はできなくても祖父母の出身市町村は知っているし三線やエイサーなど沖縄文化に親しんでいる。音楽を通してウチナーンチュとつながっていたいという気持ちの表れだろう」と指摘。


  また「留学生による相互の交流制度は若い世代に沖縄の関心を高める上でとてもいい。今後も続けてほしい」と話した。(宮城久緒)』


  アルゼンチンの沖縄県人会がアルゼンチン移民100年の編集に取り掛かっていると言う。 沖縄広島や九州と共に、移民が多い県だ。

  ただ、広島などはアメリカハワイに移民が多く、沖縄ハワイも多いけれどブラジルやペルーなど南米に行った移民も多いという特徴がある。 

  ボリビアにはオキナワと言う日系人コロニアもあるしね。


  今回は南米のアルゼンチンに焦点を当てている。 アルゼンチン南米の中ではあまり日系人移民が多くない。

  ここで言われているように、集団で農業開拓などを行ったわけではなく、個人で行った人が多いからだ。

  アルゼンチンへ行った日系移民は、洗濯屋や花屋になった人が多かったと聞いた事がある。  

  とにかく、日本の中でも沖縄はちょっと違った文化を持っている。 沖縄県人は結びつきが強い。今回の沖縄県人会のアルゼンチン移民史もその延長だろう。 


  ブラジルやパラグアイ、ペルーなどのコロニア日系人が多い地域であれば、「若い世代は日本語はできなくても祖父母の出身市町村も知っている」と言うのも事実だし、日本人の血を誇りに思っている部分もある。   

  しかし、個人で南米に移民に入った人は周りに日系人がいなくて現地の人と混ざり合ったケースが多いと聞く。

  特にアルゼンチンなんかはそうだろう。日系人コロニアはほとんどないはずだ。 


  アルゼンチン移民の場合は、ブラジル移民を載せた笠戸丸の百人ぐらいがアルゼンチンでおりたのが大きい程度ではないかな?

  後はペルーパラグアイブラジルなどに移民としてきたが、自分に合わずに新天地としてアルゼンチンにやってきたと言う人が多いと思う。  

  それだけにアルゼンチン沖縄県人移民100年史の編さんは大変だろうが、沖縄県人アルゼンチンでもちゃんと在亜沖縄県人連合会という組織を作っている事に感心する。本当に沖縄県の人は異国へ行っても、沖縄への思いを大切にしているね。
 
  できたら、沖縄県だけでなく、他の県とも連携をとってアルゼンチン日系移民史を作って欲しいと思うんですけどね。
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